2016年09月27日

ニューパルサー

その存在を知らない人はいないんじゃないか・・・というくらい有名なスロット機。

1993年発表


parusa-.png

【画像は赤ですが緑色の筐体もあり、赤パルとか緑パルなんて言われてた】



山佐株式会社から発表された初めての4号機です。



【ウィキペディアより一部抜粋】
同社の4号機第一弾として登場したにも関わらず、愛らしいキャラクター路線に大量リーチ目、更には微弱ながらも4号機特有の攻略法が通用し、そして重厚感溢れるFM音源など4号機初期にありながら完成度の高いマシンだったため、最終的には22万台を売り上げ、『北斗の拳』が記録を塗り替えるまでの10年間売上No.1の地位を維持しつづけていた。全盛期は本機がホールに設置されているパチスロ機の7割以上を占めるほどで、山佐自身が「ホールに新機種を売り込んでも、(ニューパルを)なかなかはずしてくれない」と語るなど、ホールからも絶大な信頼が得られていたことを窺わせるエピソードもある。



・・・凄いですねw



今ではとても考えられないことです。



当時スロット台の設置が無いパチンコ店も多くて、設置台数もパチンコが8スロットが2くらいの比率でした。

つまり総台数も現在より圧倒的に少なかったんですね。


その中でシェア7割以上ということがどれくらいお店・お客から支持があったという事が分かると思います。また、ゴト・攻略法といった短命に終わる要因が無かったこともこれだけの設置台数と長期間に渡る人気の要因としてあったと思います。


スロットを打ちに行く=ニューパルを打ちに行く という時代でした。



私のスロット人生の中で5本の指に入るほど打ち込んだ遊技機です。実家には実機もありますw


告知機能は無く純粋なリーチ目マシンでしたので(リーチ目総数1000通り以上)店内をフラフラしてるとリーチ目を拾う・・・なんてことが普通にありました。


打てば打つほど新しいリーチ目を覚えていくという楽しみがありました。

今では考えられないですね。




parusa-kikai.png


低設定域はキツく、高設定でも4くらいなら普通に負けることが多かった印象です。

当時は7枚交換が主流でした(私の地域では)ので、ダラダラ遊びながら時折サクッと連チャンするという感じで長く遊んでいました。


当時アルバイトしていた店は7枚交換でイベント時設定2と5半々なんて社員が言ってましたね~。


ボーナス絵柄は赤7と緑色のカエルがビッグボーナスで、特に緑色のカエルは目押しが難しく、揃えられる人は上級者という位置づけでしたねw ボーナス揃い時のファンファーレも7とカエルで異なる。 
(※当時はビッグボーナスはどの絵柄でも揃えることができた)



4号機初期の代表作といっても過言ではないですね。
タグ:リーチ目
posted by ken at 17:22| Comment(0) | リーチ目 | 更新情報をチェックする

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