2016年09月27日

クランキーコンドル

1995年7月にユニバーサル販売より発表

kurannki-.png


スロットの世界に【技術介入】という言葉を生んだ機種。


ニューパルサー時代から引き継がれた大量リーチ目の流れであるにも関わらず、過激に技術介入に特化した仕様でスロット人気(特に若者)を異常なまでに高め、大量のスロプロ(スロット生活者)を生むことになった。



技術介入・・・通常時の子役取りこぼしを無くすこと、ビッグボーナス中の子役は特定の手順で狙うと15枚役で獲得できる。また、ジャックINを避ける打ち方(リプレイハズシ)により子役ゲーム間のゲーム数を延長することで獲得枚数を増やすことができる。


・・・どういうことか簡単に説明すると、設定1での機械割95.0%がフル攻略(技術介入)により100%まで上がるということ。つまり、等価交換であれば確率通りにボーナスが引ければ【フル攻略により理論上負けない】ということになります。


結果として


【お店側は利益が取りにくくなって早めに外さざるをえなくなった】という側面も。


この機種のヒットによりニューパルサーを主役の座から引きずり下ろしたという事実が全てを物語っていると思います。


ユニバーサルの王道の7の形、3種類のビッグボーナス絵柄(コンドル、青7、赤7)とそれぞれの揃った際のファンファーレ。またユニバーサル伝統のテンパイ型リーチ目(上段青7テンパイはあまりにも有名)。


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私が学生時代通っていたお店の常連さん(当時40代くらいのお父さん)はフラグ確認後、わざと2枚がけで毎回上段青テンの形からボーナスを揃えていたのを思い出します。

私も非常に打ち込んだ一台でしたが、リプレイハズシ時のプレッシャーで【あああーっ】てなりながら打っていた記憶がありますw






・同時期のパチンコ台
連チャン機規制からCR機導入時期。CRギンギラパラダイス、CR黄門ちゃま2など
【関連する記事】
posted by ken at 18:42| Comment(0) | 技術介入 | 更新情報をチェックする

ニューパルサー

その存在を知らない人はいないんじゃないか・・・というくらい有名なスロット機。

1993年発表


parusa-.png

【画像は赤ですが緑色の筐体もあり、赤パルとか緑パルなんて言われてた】



山佐株式会社から発表された初めての4号機です。



【ウィキペディアより一部抜粋】
同社の4号機第一弾として登場したにも関わらず、愛らしいキャラクター路線に大量リーチ目、更には微弱ながらも4号機特有の攻略法が通用し、そして重厚感溢れるFM音源など4号機初期にありながら完成度の高いマシンだったため、最終的には22万台を売り上げ、『北斗の拳』が記録を塗り替えるまでの10年間売上No.1の地位を維持しつづけていた。全盛期は本機がホールに設置されているパチスロ機の7割以上を占めるほどで、山佐自身が「ホールに新機種を売り込んでも、(ニューパルを)なかなかはずしてくれない」と語るなど、ホールからも絶大な信頼が得られていたことを窺わせるエピソードもある。



・・・凄いですねw



今ではとても考えられないことです。



当時スロット台の設置が無いパチンコ店も多くて、設置台数もパチンコが8スロットが2くらいの比率でした。

つまり総台数も現在より圧倒的に少なかったんですね。


その中でシェア7割以上ということがどれくらいお店・お客から支持があったという事が分かると思います。また、ゴト・攻略法といった短命に終わる要因が無かったこともこれだけの設置台数と長期間に渡る人気の要因としてあったと思います。


スロットを打ちに行く=ニューパルを打ちに行く という時代でした。



私のスロット人生の中で5本の指に入るほど打ち込んだ遊技機です。実家には実機もありますw


告知機能は無く純粋なリーチ目マシンでしたので(リーチ目総数1000通り以上)店内をフラフラしてるとリーチ目を拾う・・・なんてことが普通にありました。


打てば打つほど新しいリーチ目を覚えていくという楽しみがありました。

今では考えられないですね。




parusa-kikai.png


低設定域はキツく、高設定でも4くらいなら普通に負けることが多かった印象です。

当時は7枚交換が主流でした(私の地域では)ので、ダラダラ遊びながら時折サクッと連チャンするという感じで長く遊んでいました。


当時アルバイトしていた店は7枚交換でイベント時設定2と5半々なんて社員が言ってましたね~。


ボーナス絵柄は赤7と緑色のカエルがビッグボーナスで、特に緑色のカエルは目押しが難しく、揃えられる人は上級者という位置づけでしたねw ボーナス揃い時のファンファーレも7とカエルで異なる。 
(※当時はビッグボーナスはどの絵柄でも揃えることができた)



4号機初期の代表作といっても過言ではないですね。
ラベル:リーチ目
posted by ken at 17:22| Comment(0) | リーチ目 | 更新情報をチェックする

4号機、それはスロット史上最も多様で熱い時代

1992年から始まった4号機時代。

1995年前後に大学生であった私はあっという間に虜になり、日々(学校そっちのけ)でパチンコ店に通う時代でありました(ダメじゃん)

当ブログでは4号機時代の思い出を名機(迷機)と共に振り返りつつ、その後パチンコ業界に就職した私の経験と共に面白おかしく綴っていきたいと思います。





3号機時代全国に蔓延したB物化(裏物化)に業を煮やし、お上が定めた新たな規定に則った遊技台です。

具体的な変更点は

【リプレイ】 再遊戯絵柄が揃うともう一回プレイできる。 コイン持ち上昇の為
【フラグ告知機能】 言わずもがなジャグラー・ハナハナ等の告知機の始まり
【期待値方式】  一回のビッグボーナスでの獲得枚数に期待値方式が導入 毎回獲得枚数が変化する
【オートリセット】 自動回復 それまではビッグボーナス後に一回一回店員がリセットしなければならなかった

等がある。


ちなみに私(40歳)が大学時代に初めてパチンコ店でアルバイトを始めた時代はまだ3号機が残っていて(ムサシⅡ)ボーナス後に遊技台に鍵をさして回してリセットしていた記憶がうっすらあります。

(余談ですが当時盤面に穴を開けて鋭いものを突っ込んでリールを止めてストップボタンを押すとビッグボーナスが強制的に揃うというゴトがあった!)




musasi2.png



私が地方の大学に入学したのが2000年頃。


アルバイトを始めたのが2001年夏頃なので4号機登場から8年以上経過していたんですね。

でも探せばまだ3号機を設置しているお店がありました。


今は設置後3年で検定が切れてしまい、基本設置ができなくなるので(一部再認定で延長なんてのもある)とてもお店に優しい時代だったと思いますね。


そんな懐かしき良き時代、4号機を名機と共にご案内していきます。




posted by ken at 16:47| Comment(0) | 日記 | 更新情報をチェックする

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